tsudoi.net旅行記 >>東南アジア旅行記 第5話 ベトナムウルルン滞在記

第5話 ベトナムウルルン滞在記

やっとのやっとのことでDucの住む島へ到着。
後から地図で調べたが、な、な、なんと!
ホーチミンから200kmも離れてるやん!!
それもそのはず。ホーチミンを抜けてからというもの、
田舎道は時速80kmぐらいで走っていることもあった。 それでトータル約5時間。
ケツが痛くなるのも無理もない。
Ducはこの道のりを月1回往復しているそうだ。正直、キツい。
もう真っ暗になっているので、辺りの家や雰囲気はよくわからないが、
どうも相当な田舎のようだ。
とりあえず、道路はアスファルトではないのは間違いない。
暗がりの中でも、会う人会う人もれなくDucに声をかける。
みんな知り合いのようだ。その度にDucは、
「ニャット!」
日本人だよ!と言う。
何故か、そんなに!?というぐらいみんな驚いていた。
「なんでそんなにびっくりしてんの?」
Ducに尋ねた。
「だって、この島に来た日本人はあんたが初めてだからだよ。」
・・・えっ!!??
俺が・・・初めて!!??

なんと光栄なことか。
確かにこんな何もない島、交通の便も悪いし、
観光に来るような人はいないだろう。
何もないけど、それでも「初めての日本人」というのは何ともexcitingなことだ。
私の印象=日本人の印象
と、島の人たちには映るだろう。
私の言動、態度、行動が全てそのまま日本人のイメージにつながるのだ。
気分は日本代表である。最高の気分だ。



もう遅いので、島に到着後、急いでDucの家へと向かった。
わずか5分ほどで彼の家に到着。
Ducのmotherを含め、次から次へと親戚一同が、
この初めての日本人を歓迎しに来てくれた。10人はいるだろう。
・・・心からうれしい。こんな歓迎をしてくれるとは思ってもいなかった。
一通り自己紹介が終わり、しばらくの歓談の後、
みんなまた元の自分の家に帰っていった。
と言っても、みんな隣近所に住んでいる。

その後、Ducに家の庭と家の中を案内してもらった。
「風呂は?」
「メコン川。」
なるほど!
「トイレは?」
「その辺で。」
えっ?庭?
「大は?」
「あの辺で。」
ちょっと遠くなっただけやん!!
「Great!!」
豪快な家庭だ。
小は庭で、大はちょっと離れた藪の中、ということである。
「Great!!」
motherの手料理
それから間もなく、Ducが何度も私に自慢してきたmotherの手料理が登場!
バイン・セオ、イカの煮物、そして、
“ワイライス”
と言っていたが、日本酒のような味だ。
米から造ったお酒で、ワイン+ライス = ワイライスらしい。
駄洒落のようだが、それが一般名称になっている。
バイン・セオは、私からDucにお願いしていた一品。
ベトナム風オムレツとでも言うべきか、コレはホーチミンにいたときから大好きだった。
Ducが自慢するだけあって、味は本当にうまい。しかし、
食べきれん・・・。味はおいしかったが量が半端じゃない。
でもmotherがせっかく作ってくれたから残さないように食べよう!!
・・・としたが、やっぱり苦しかった。
しかもDucの義理のお兄さんと弟さん
(orいとこ。血縁関係は多すぎてよく覚えていない。)、
Ducの義理の兄弟 「あんたとは気が合いそうだね!ここにずっと暮らしなよ!
Ducの妹と結婚したらどう!?」
と言って、妹・ワイライス・ご飯の3種の神器を勧める勧める。
いやいや、だから、食べ切れんって!!
と思いながらも、
何だがみんなに認められた気がしてうれしかった。
食事をしながら、私の仕事、彼らの仕事や生活、
その他さまざまなことについて話をした。
「ごちそうさま!」
食後、motherが、
「何か作って欲しいものある?」
と言ってくれたので、今度チェを作って欲しい、
と厚かましくもmotherに頼んだ。
それから外へ。



開かれていない島。どんな家、どんな人々、どんな生活?
好奇心が絶えず、外を歩き周ることにした。
が、散歩の前にストップがかかり、Ducの親戚へのあいさつ回り。
あれっ?親戚にはもう挨拶したはずでは・・・?
実は、最初に出迎えてくれた10人ぐらいの親戚は、まだまだ氷山の一角であった。
とりあえず隣の家に住んでいる親戚の下へ行った。
自己紹介をしていると、その間にまたぞろぞろと他の親戚が到着。
何人いるだろうか・・・。15人〜20人ってとこだろう。
そのうち子供が半分以上もいる。
「シンチャーオ!」
「シンチャーオ!」
Wow!Lots of シンチャーオ!Very cute!
Ducの親戚(の一部・・・) ”シンチャーオ”とは、ベトナム語の”こんにちは”。
ここの子供たちはみんな人懐っこい。
興味津々の目で私を見てくる。
可愛い。
この状況にあって、そう思わない人はおそらくほとんどいないだろう。
ついでに、彼らが使っているハンモックも初体験。
最高に快適、最高に幸せなひと時だった。

外出。
したいと言ったときには子供たちに既に囲まれていた。
「遊んでよ!」
と言わんばかりの、というかベトナム語で言っていたのかもしれない。が、
「ちょっと外を見たいんよね。帰ってきてからでもいい?」
すると、みんな私の手を握ってくる。しかも取り合い。
「ん?どうしたんだ??」
・・・外を案内してくれるらしい。
泣きそうになった。
・・・なんでここの子供たちはこんなに人懐っこいのだろう?
日本とは違う。もちろん日本でも人懐っこい子供はいるが、
初対面でここまで懐く子供たち、きれいな目をした子供たちは初めてだった。

おそらくこういうことではないだろうか。
ハンモック ここでは親戚みんなが一緒に暮らしている。仕事は農業・漁業が中心。
大人たちは朝早くに置き、昼過ぎまで仕事をし、その後は家に帰ってくる。
後はずっと子供の遊び相手になっているのだ。
子供たちは親戚や近所の大人たちが遊び相手となって成長していく。
自然、大人を見れば遊んでくれ、と寄り付いてくるようになる。
しかも、日本人、というか島の人以外の人間が来ることなんてめったにない。
何して遊んでくれるの?
という好奇心に満ち溢れるのだ。

結局、そんな人懐っこい子供たちに、近所を案内してもらうことにした。
夜であまり見えないが、道は、当然アスファルトなどなく、土。
少し湿っている。たまに水溜り。
鶏が放し飼いになっている。
家は小さな家が道の両脇に並んでおり、
道の片側の家の裏はメコン川の支流。逆側の家の裏は広大な田園地帯。
夕方の家々からテレビの音が聞こえてくる。
「テレビあるんだね?」
最近見られるようになったらしい。と言っても、
もう既に3軒に1軒ぐらいの割合でテレビがある。


Ducの家に戻ってきた。
例のトイレで用を足し、家の中に戻った。
今日は酒も結構飲んだし、疲れていたのだろう。
うとうとし始めた。と、Motherは、
「洗濯するものある?洗濯して干しておくから。」と、
シャツを渡すと手洗いで洗濯してくれた。
さらにベッドはmotherが普段寝ているベッドを使えという。
それなりに豪勢なベッドだった。
「いいよいいよ!こんなにいいベッド。
風呂も入ってないから汚いし、ここの床で十分!」
と言ったが、それでも強く勧めてくれたので、
結局motherのベッドで寝ることにした。
なんていい人。
しかも就寝前には頼んでいたチェ。
これがまたうまい。
とにかく至れり尽くせりだった。
この恩は絶対に忘れない!日本に帰ったら必ず写真と、
他に何かをプレゼントするんだ。
心に誓った。明日はもうカンボジアに向けて出発しないといけない。
ノートにここの住所を書いてもらった。
逆にDucのノートに、バイクタクシー業の手助けとなるように、メモを書いてあげた。

「日本人の皆様、この人は本当にいい人ですよ。
1日 ドルでホーチミンからメコンデルタ、モンキーアイランド、
ミー・トー等、どこにでも案内してくれます。しかし、
何といっても彼の実家は最高です。
めちゃめちゃたくさんの子供たちと家族が迎えてくれます。
人懐っこくて、とにかくかわいいの一言に尽きます。
僕は明日、この島からチャウドゥックという街に出て、
そこから船でカンボジアに向かいます。
聞きたいことがあったらいつでも連絡ください。
(メールアドレス、名前)」

Ducは日本語が喋れないし、英語も発音が聞き取りにくいので、
日本人ともっとコミュニケーションが取れるように、
「旅の指差し会話帳」もプレゼントした。
明日の朝出発することをmotherに告げると、ひどく残念そうだった。
「もっとゆっくりして行ったら?」
と、何度も引きとめてくれた。
「ありがとう。」



motherのベッドにつく。
今は夜21:00。この日記を書いている。
子供たちの顔が浮かぶ。子供たちは1時間ほど前に自分の寝床に引き上げている。
とにかく、ここの人たちは温かい。
「幸せ」
というものを深く考えさせられる。
自分は、
常に向上心を持ち、最終的な夢に向かって突き進むタイプだ。
常に時間を意識する。効率を追求する。
ゆっくりすることにストレスを感じる。
きつくても成長することに喜びを感じる。
「結婚して安定した幸せな家庭を築きたい」
などとは全く思わない人間だ。
が、
ここではその対極の生活がある。
時間はゆっくり流れる。仕事は農業と漁業中心。
早朝から働きだし、15:00ぐらいにはもう終わる。
後は近所の人や家族とのゆっくりとしたひと時。
映画はない、自動車もない、パソコンもない、カラオケもない、コンビ二もない、情報もない。
が、子供たちがいる。温かさがある。ゆっくりとした時間がある。
これもまた幸せのかたち。
「どうやったらここに住む手続きができるのだろう。」
と、気づいたらリアルなことを考えていた。
本気で考えた。子供たちの顔が浮かぶ。
日本も昔はこの島と同じようなときがあったのではないだろうか?
明治維新以降の西洋文化の取り入れによる急速な近代化。さらに戦後の高度成長。
その過程で、この島の風景は忘れ去られてしまったのだろう。
新たな幸せのかたちを得て、かつての幸せのかたちを失った。
明日はカンボジアに向かわなければならない。しかし、
「もう1日どうしてもここにいたい・・・。」

22:00。Ducとmotherにもう一泊いさせてもらうことを頼んだ。
「いつまででもいてくれていいよ。」
motherは本当に温かい。本当の優しさに出会えた。
22:10 Good Night….


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