tsudoi.net旅行記 >> 東南アジア旅行記 第13話 バコンの女の子

第13話 バコンの女の子

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プノンバケンの朝日

プノン・バケン

4:50起床。
初日に夕日が見れなかったプノン・バケンでsunriseを見るぞ!
という僕のテンションとは反対に、
バイタクの兄ちゃん・・・、
「勘弁して。眠い・・・。」
という表情。
しかし、申し訳ないとは思いつつも、容赦なし。
ここは退けない!!絶対にsunriseを見る!


まだ暗いうちからプノン・バケンの急峻な坂道を登り、何とか日の出までに頂上に到着。
最高のsunriseをゲット!!
初日のsunsetの激ごみとは異なり、ツーリストは10人といない程度だったのもなお良し。

今日でアンコール遺跡観光の 3 day passが切れる。
プリア・カン、タ・ソム、ニャック・ポアン、東メボン、プレループ、ロリュオス、
地雷博物館、そして再びアンコール・ワットを訪れた。
デジカメのメモリーが足りなくなったので、苦しいながらも写真を厳選し、
撮っては消し、撮っては消し、と繰り返していた。もったいない!!
でも写真を撮りに来たわけじゃない。
誰しもよくあることだが、 観光スポットに来ると写真だけ撮って満足してしまうことがある。
でもそれでは意味が無い。写真集を買うのと何も変わらない。
やはり自分の目で見て、自分で感じて、それを心に焼き付けてこそ、
初めて物事を語ることができるというものだ。

・・・と、半ば言い訳のようになってしまったが、
とにかくデジカメのメモリーが苦しい!!


プリア・カン

プリア・カン

(→ もっと写真を見る

今日周った遺跡の中で最も印象深い。
緑の苔とまだ残っている遺跡の石が発する赤色。
このコントラストとも調和とも言える融合体は、角度によって常に異なる表情を見せる。
ベンメリアとバンテアイ・スレイを足したような雰囲気だ。
しかも2階建ての建物跡はギリシャ神殿を彷彿させる。


ロリュオス


バコンの入り口に女の子がいた。バコンの女の子
座ってしばらく話をすると、
草で作った指輪をプレゼントしてくれた。
とても笑顔の素直ないい子だ。
しばらくしてからわかったことだが、
・・・この子、耳が聞こえない。(写真左上)
カンボジア語はもちろんわからないのだが、
しっかりと発音できていないことは明らかだった。
Ducの実家にいた1人の子供を思い出す。
耳が聞こえない子。喋れない子。
でも外国人である僕は、どっちにしても言語という手段を持って会話をすることはできない。
なぜか、 僕にはこういう子たちの方が心が通い合えた気がした。

お金目当てのEnglish or Japanese Speaker にはうんざりする。
ところが、 もう帰ろうとしたそのとき、
「お金をちょうだい。」
というジェスチャー・・・。
え!?この子までもー!?
またかよー!
・・・正直、ショック。
でもこれは考えあってのことなので、心が痛いけど、
お金はあげられない!ゴメン!
・・・あげない、
と言われたことは通じているはずなのに笑っている。
純粋な笑顔。きれいな笑顔・・・。
お金のための笑顔、作り笑顔、うわべだけの笑顔ではなかった。
こういう子が好きだ。


シェムリアップに来てからというもの、どこに行っても子供はお金、お金、お金。
確かに貧しいのかもしれない。 でも、
お金のための表面的な笑顔、表面的な愛嬌は嫌いだ。
観光地として栄えている街のdark side。どこに行っても変わらない。
しかし、田舎の子供は違う。ベンメリアに行く途中で出会った子供は好きだった。
ありのままの愛嬌があり、ありのままの笑顔がある。
「お金」
とは一言も言わない。

・・・僕は理想を求めすぎだろうか??
僕の想像以上にカンボジアは貧しい?
貧しいとお金をねだるのは仕方ないこと?
親が子供を利用しているのか?
自分の体験と、人から集めた情報では、 親が子供に稼がせている、可能性はかなり大。
僕の家庭も貧しければそうなっていたのか?

「資本」の存在が社会に競争を生む。 競争があるからこそ経済は発展する。
反面、 「資本」があるから他人よりも資本を得ようとする。汚れた心が生まれる。
「助け合い」の社会に亀裂が入る。
・・・Ducの家庭にはそうなって欲しくない。
あの美しく温かい助け合いを、いつまでも続けて欲しい。

カンボジアの大虐殺者、ポル・ポトの追い求めた理想も、少しだけ、わかる気がした。
資本を無くし、みんなが農村で働く。 競争もない。平等な社会。お互いに助け合う社会。

しかし、人間はロボットではない。 全ての人民を平等に働かせることはできない。
平等に働かせるために、社会の秩序を維持するために、
突出した人間、突出しようとする人間、突出する可能性のある人間を皆殺しにしたのか?
大人をみんな殺し、子供だけを残そうとしたのか?
同じ環境で育てれば同じ人間が育ち、全て平等な社会秩序を維持できると思ったのか?
それは違う。
「“人間の行動”は、“遺伝”ד生きてきた環境”の関数である」
と、かつて言った人物がいた。
全て同じ、ロボットのような人間の社会を創り出すことはできない。
が、これをずっと繰り返せばどうなるか?
子供を全く同じ環境で育て続け、そのまた次の子供も同じ環境で育て、これを繰り返す、
・・・考えただけでもゾッとするが、限りなくロボットに近い人間たちの社会を創り出すことが可能なのかもしれない。
でも断じてそれを行ってはならない。
多様性。
多様性があるからこそ種の存続が可能である。
多様性を持つことで、環境の変化、あるいはある種の外敵に対し、 種の絶滅を防ぐことができる。
これは企業、政党からサッカーチームに至るまで、 ありとあらゆる「組織」、
あるいは「集団」について言うことが可能であろう。
・・・少し話が飛びすぎた。

共産主義 vs 資本主義
とは、
理想主義 vs 現実主義
と置き換えてもそれほど遠くは無いかもしれない。
ポル・ポトの共産主義は、「人間性」を尊重し、理想を追い求めるがゆえに、
逆に、社会を形成する「人間性」という要因を排除しようとした。
ポル・ポトによって、
約300万人、すなわち、当時のカンボジア国民の約3分の1が、
無実の罪で殺されたと言われている。
とりわけ虐殺の対象となった当時の大人たち、
すなわち現在の40代以上の男性を、
この旅行中、僕は、
カンボジア国内においてほとんど見かけることがなかった。
今もまだ、
ポル・ポト率いるクメール・ルージュによって内戦時に埋められた地雷は、
このカンボジア国内に約500万個も埋まっていると言われている。



バイタクの兄ちゃん達とサッカーもうクタクタにくたびれて、夕方、宿に戻った。
しかし、
今日はサッカーの約束!!
その夜、僕よりも更に疲れているバイタクの兄ちゃんたち4人を捕まえて、約束通り、宿の前で
バイタクの兄ちゃんたちと5人でサッカー!!
ベトナムサッカー以来のサッカー。
たまらなくテンションが上がる!
なぜか体力も復活! Great!







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